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先日の9月7日8日で宮城の震災地視察に伺いました、仙台を拠点に、松島、東松島、石巻、南三陸、女川、と結ぶ沿岸を見て回りました、震災よりも津波の被害の大きさに声もでません、松島はまともに津波は来ませんでしたので痕跡もめだちません、東松島、海岸より1キロほど西の小学校の2階まで壊滅でした、石巻は港の浸水がまだひどく一部しか使えません、町はかなり片付居ておりましたが、震災前とは比べようがありませんでした、この写真は2日目の昼に南三陸の視察後、昼食でお世話になったホテル観洋の渡辺女将の震災時の説明を聴いているところです、写真の左向こうに見えるのが南三陸の町ですが、平野部は何もない更地になっておりました、コンクリート3階建ての建物がそのまま根元からひっくり返り転がっておりました、防災センターの建物は外壁が無く骨組みだけがのこり、無くなった方々の為に献花台が創られておりました、当時女将はお客様とこのホテルのおったとのお話で幸い岩盤に建つホテルは震災の被害はなく津波が1、2階に被ったことによる被害だったとのお話でした、地震後約30分後に来た津波を後ろのガラス越しに見られておりその様子を語るお話は悲惨さを伝える事ではなく、その後避難した地元の方がた380名と従業員120名を1週間生活させた苦労と連絡情報の無い怖さ、電気、水の無い生活体験の重要さに中心を置いたお話が、むしろ情景の説明をさけたい、感情を抑えたお話に感動致しました、ここからは津波が襲う町並みはつぶさに見られたと思います、それよりも復旧を地元民として急がなければと力強く申され、是非遠くから忘れない記憶に災害地視察に来てほしい、、と熱望をお聞きしました、緑色のジャンパーの方は宮城大学の西田先生で災害復興に携われ、今回は被災した学生と現状の案内説明を戴きました、被災しない我々が物見遊山するのは不謹慎かと思う時期は過ぎ、津波の悲惨な記憶をとどめておく必要から、視察し、現地にお金を落とすことが必要と感じました、ガレキの撤去が進みましたが、復興は上の方針が決まらず、進んでいません、対応の遅さを現場から切実な思いとして聴かせて戴きこの国のかじ取りに不安を感じた亭主でした。
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2011.09.12 / Top↑
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