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前回に続いて南三陸のお話です、語っていただいた観洋の女将阿部憲子さんです、津波直後から宿泊客と従業員それに避難民あわせて600人を手持ちの食糧で6日間避難生活させました、外からの支援は道路が遮断され、電気の切れた状態、水の無い生活での一週間はおにぎり半分、笹かま一つの一日、水は6日目にセントラル自動車から20t届いたのが初めてだったそうです、お客様最優先、としながらも、従業員は地元の方々が多く家族、家を失くされた多くのおり気持ちの萎えしまうとダメになるのでまだ自分の家族の安否も確認できない中、気丈に采配を振るわれました、おそらく我々が聴いているよりもはるかにつらい6日であったことは想像できます、東北の方々の芯の強さに触れました、裏の海は津波の時土煙り、水煙をあげて町を呑み込んでいたはずです、それを見ながらすぐにお客様、従業員、避難されてくる地元の方々を受け入れる用意を決められた判断力は素晴らしい事と称賛されますね、地方の企業の在り方はすべてが繋がった形が必要なのだと社会性の重要さを知らされた場面でした、町は復旧を急ぎ、大きなグランドデザインにもとずく復興は時間をかけて、、とした計画です、ただ元の場所で行う水産加工は許可が下りず進んでいません、多くの方たちが土地を捨てない生活を送るのは地場の事業再開が大きな基盤になるのは確かです、早くしなければ人の住まない町が後から出来てしまう事になる、、しみじみ申された女将の言葉に胸を打たれた亭主です。
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2011.09.13 / Top↑
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