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追加きゅうりおくれキュウリ、9月の12日に地這えに仕立てたキュウリです、10月に入って花と一週間ごとに15センチほどのキュウリを提供してもらえるようになりました、今日は朝の気温が15度を切りましたので何処まで実を付けることが出来るか(お店でお出し出来るか?)頑張ってもらいましょう、その場でポキっと口の中に放り込みました、夏場の出来とちがい味が濃いようです、、、
五話の(津軽屋敷の太鼓)です、本所、両国橋の近くに津軽家の屋敷があった、当時、昔から火事を知らせるのに各大名家では火の見櫓があり版木を打って火事を知らせていたが津軽家では太鼓を打つことが許されていた、、また版木を打っても太鼓の音に聞こえる、理由は解らない、との話です、山本一力の時代小説に大名火消しと題した小説があります、当時、町ごとに町内火消がありいろは四十八町の町火消があったように書かれておりました、また武家屋敷専門の大名火消も置かれており各武家屋敷に火の見櫓が置かれ火事の場所を版木などで知らせていたようです、当時の江戸は火事でたびたび城下町を焼失し火事に対してはかなり神経質に対応していた様で、今の時代の私たちとは
捉え方が違っていた様ですし、今の水をかけて消す消火では無く火が広がらないために事前に壊す破壊消火が主な方法でした、この津軽屋敷は本所、両国橋から東に向かい緑町、亀沢町、と続く道筋にありました、今は緑公園に成っています、亭主中学のころ、このあたりに中華屋をやっている同級生がおりラーメンを学校帰りに食べた記憶があります、王さんの実家もこの近くでした、一時古い町名を替えてしまう事が多かったのですが今は又戻しております、歴史はあまり変えないことに良さがある、、、と亭主は思うのであります。
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2011.10.08 / Top↑
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